カルマの法則

『バガヴァッド・ギーター』第2章 第63節

怒りから迷妄が生じ

迷妄から記憶の混乱が生ずる

記憶の混乱から知性の喪失が生じ

知性の喪失から人は滅びる

​Paramahamsa Vishwanamda

書籍『Shreemad Bhagaad Gita』THE SONG OF LOVE

P.148~151掲載

ーパラマハンサ・ヴィシュワナンダの御講話による解説ー

人の心に怒りが生じると、怒りは識別力を奪います。考ることができなくなり、怒りにまかせた行為によって生じる結果に注意を払いません。自分が何をしているのか理解することができません。怒りが増すと記憶力が混乱し、脳が混乱するとすべての制御を失います。人間関係を忘れ、他者のことを忘れます。自分が何をなすべきか、なすべきでないかを忘れます。計画力にも決断力にも欠けます。いかなる倫理的思考も失います。感覚を制御できないと、人はこのような状態に陥ります。こうした状況下、ダルマ(義務)の道”を諦めるのは容易なことです。簡単に自分の道を見失います。

 

怒りのある人間は、辛辣さ、暴力、貪欲、愚かさなどの質を持っています。心は常に悪に焦点が当っています。常に他者に災いをもたらします。これは邪悪な行為です。怒って自分を制御できないでいると、ふたたび人間として生まれて来るチャンスを失う存在となります。自分自身を動物の段階へ低めるか、あるいは低級で悲惨な生命形態に転生します。

 

ここで主クリシュナはアルジュナに言われます。『人が神実現のため、恩恵を得るため、あるいは神のビジョンを授かるために生きないのであれば、その生涯はなんの益ももたらさない』クリシュナは、『人の心に動物的な質が生じたなら、それに相応しい動物としての体を得る』とおっしゃいます。これはあなたの思考、食べるすべての物、そして私たちが以前話した五つの器官の糧となる物のことをいっています。人間は何を食べるか、どのように考えるか、どのような活動をするか、ということに束縛されています! 人が神の恩恵を得るためにこの人生を使わないなら、来世は動物として生まれて来るでしょう。

 

神はあなたがご自分のもとに到達するよう、今世、あなたに人間の肉体を授けました。ところがあなたは神の恩恵を拒否します。授かり物を拒否します。これは大いなる罪です。肉を食べる者たち、肉を食べずにいられない者たちは、必ず次の生で、自分が食べた動物の体をとって誕生します。なぜなら動物を食べることは、呪いとなるからです。人間を低下させるもの、それは自分自身に与える呪いです。もし人間がこれらを放棄するチャンスがなかったなら、動物の存在としての段階へ低下するでしょう。

 

ウパニシャッド(インド聖典・奥義書)では“肉食をする人間に関して、彼らはどういう見地から肉を食べているのだろうか?”ということが問われます。これは極めて重要です。動物を食べると、あなたはその動物の負った悲しみ、攻撃的性格、その他すべての感情を自分の中に受け取ります。肉を食べると、あなたはその動物のカルマも受け取ります。人間より低位な状態を自分の中に受け容れます。そしてあなたは次世、このカルマを解消するために、動物として生まれ変わります。あなたが最も摂取した動物の種族に生まれます。しかし、それでも慈悲深き神は、あなたにご自分を思い出させてくださるので、動物たちも自分らが変わるべき状態にあることを知覚できます。あなた自身が今のみじめな肉体へと貶めたとしても、神はあなたと共にあります。あなたが思い出すような経験を与えてくださいます。そしておっしゃるでしょう。『もうこのようなことをしなくともよい。地獄に行かなくともよい。自分を貶め、破滅に追いやらなくともよい』

 

この人生で、あなたは実に神に到達することができます。これは恩恵です。神はあなたを愛しています!あなたを世話してくださいます! 神は顕現します! あなたの人生を見守り、神を実現するようにすべてを可能にしてくれます! しかしそれを強制することはありません。愛を通して、ご自分を見出す道を示してくださいます。神はおっしゃいます。『わたしは待っている! わたしのもとへ来てわたしを実現しなさい。目を覚ましなさい! まずあなたが努力しなさい、自らをを制御しなさい! わたしが助けよう』

 

主ナーラヤナが女神マハー・ラクシュミに語ります。『女神よ、自己の本性がいかに神聖か、自己に関する真の知識を聴くがよい。そなたにデーヴァ・シャルマの物語を話そう。デーヴァ・シャルマはシャームプルに生まれ、神に関する知識を得ることに大いなる欲求を持っていた。この男は心に深い願いを抱き、わたしに祈った。“自己実現を果たしたい、完璧な人生に到達したい。物質的存在から脱出する機会が得られるように、私を助けて導いてくれる人をどうか送ってください”

 

ある日、デーヴァ・シャルマはバラモン(ヒンドゥー教の司祭階級)の訪問を受けた。プラサーダム(神に捧げたお供物)を差し上げ、デーヴァ・シャルマは尋ねた。「尊敬する師よ、どうかお教えてください。私は神にこの身を完全に捧げたいのです。五感を制御して心を完全に神に集中させたいのです。いったい誰が私を導いてくださるのでしょうか?」バラモンは答えた。「あの村へお行きなさい。そこでグル(霊性の師)に巡り会うでしょう。村の郊外に、主ニチャナンダというグルがおられます。彼のもとへお行きなさい!あなたに悟りを与え、この世の妄想から解放してくれるでしょう」そこでデーヴァ・シャルマは村へと旅発った。

 

さてその村には牧人がおり、毎日一匹のヤギを野原へ連れて行き、草を食ませていた。ある日、森から虎が猛烈な勢いで飛び出してきて咆哮した! しかしヤギに飛びかかろうとした虎はヤギを見て、一目散に逃げた。そこでヤギは得意気にディン、ディン、ドゥン、ドゥンとそこらを歩きまわった。牧人はこれにショックを受け、“何が起こったのだろう? なぜ?”と、師であるグルデーヴ・ニチャナンダ・マハラージの所へ行って顛末を話し、「どうしたことなのでしょう? 普通なら獰猛な虎は、ヤギか私に食らいついたはずです。でも何も起こりませんでした。それどころかヤギを怖れて逃げ去ったのです」と質問した。グルは内的ビジョンで、ヤギ、虎、牧人の前世を見ることができたので、「前世でヤギは恐ろしい魔法使い、虎はハンサムな男だったのじゃ。ところがあるとき魔法使いは男を喰った。それで今生虎は、ヤギが自分を喰ったあの魔法使いであることに気付き、また食べられてしまうかもしれないと怖れて、逃げ去ったのじゃ。魔法使いは否定的なカルマの発動で、今はヤギの肉体を持って生きているのじゃ」と教えた。

 

数日後、グルを求め探しているデーヴァ・シャルマがアシュラムに到着し、バガヴァッド・ギーターを吟唱中の主ニチャナンダを待って座っていた。そこへヤギと連れた牧人が来て、一緒にギーターに耳を傾けた。ヤギが魔法使いだったことを知った牧人は、ヤギにギーターを聴かせることは、ヤギの浄化に良かれと思い、前世のカルマで哀れむべき状態にあるヤギが救われるように、毎日来訪したのだった。

 

するとある日、虎がアシュラムにやって来て、一同を怖がらせた。グルは虎に「さあ、こっちにくるのじゃ!」と自分のもとへ呼び、虎を撫でで「ここにお座り!」と言った。そして、栄えあるバガヴァッド・ギーターの吟唱を始めた。牧人、虎、ヤギは揃ってギーターを聴いた。そこでグルは、牧人が前世誰であったかを明かした。「おまえはバラモンの出じゃった。知識はあったが、それを機械的に実践し、自分の内側に生かすことをしなかった。非常に賢く学もあったが、それを我欲に利用した。おまえはいつも自分の利益だけを追いかけていたのじゃ。それで今、牧人として貧しく惨めな状態で、ここに生まれて来たのだぞ」「そこのお前たち、自分らが前世で何者だったのか、もうわかっておるな」

 

グルは三者に忠告を与えた。「心を集中し、深い信仰心をもって、ギーターを聴くのじゃ。最善を尽くして、自分を変えるために努力せよ」すると虎とヤギの瞳は輝き始め、ギーター聴いている間は両者の敵意は消え、やがて前世ではできなかった、完璧な境地へと至った。主の恩恵によって、ギーターを聴くことによって、ついに神実現を果たした。こうして最終的には、三者とも神の救いを得たのだ』

 

主クリシュナはアルジュナに言われます。『人生を無駄にするな! すべての機会を利用せよ!愚かであってはならない! 馬鹿げたことはするな!否定的な質に自分を支配させるな! おまえはアートマ(魂・真我)であり、大いなる観察者なのだ。アルジュナよ、はるかに優れし者よ、弱気になるな、さあ立ち上がれ!』

     E-Veggie

    ラデ・ラデ